【Metal Inst】HANNIBAL(ハンニバル)
【Metal Inst】HANNIBAL – Find a way, or Make one
Thank you for watching my video. It’s my original guitar inst.
エスニック・メタル第三弾のオリジナル曲です。一作目と二作目はこちらです。
◇Ancient Voices – Ethinic Metal –
◇ELPIS – Alexander The Great(Iskandar Romance)-
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前回、古代ギリシャの英雄「アレクサンドロス大王」をテーマに曲を作りました。そこで今回は古代ローマ世界の英雄「ハンニバル」をテーマにしました。
みなさん、ハンニバルをご存知でしょうか。ハンニバルといえば、ほとんどの方は「羊たちの沈黙」シリーズで有名な「ハンニバル・レクター」を思い出すかもしれません。
今回、僕が取り上げたのはそうではなく、「ハンニバル・バルカ(Hannibal Barca)」の方です。
ハンニバルは古代の大国「カルタゴ」の将軍です。紀元前247年に生まれたといいます。当時、ヨーロッパ世界では、ローマとカルタゴが覇権争いをしていました。しかし、第一次ポエニ戦争でローマはカルタゴに勝利し、カルタゴはいったん衰退します。
そこで立ち上がったのが、英雄ハンニバルです。当時スペインには「カルタゴ・ノヴァ」というカルタゴの植民都市がありました。紀元前218年、ハンニバルは10万人の軍勢と、37頭の戦象を率いて、カルタゴ・ノヴァを出発。なんと、冬のアルプスを越え、ローマの本拠地であるイタリア半島に奇襲をかけたのでした。
ローマ側は、「ハンニバルが動いた」という情報をつかんでいましたが、まさかスペインからフランスを通過し、さらに冬のアルプスを越えてイタリアにやってくるとは予想もしていませんでした。
イタリアに到着した時、ハンニバルの軍勢は26000人、戦象はわずか3頭にまで減っていました。しかし、ここからハンニバルの快進撃が続くのです。
カルタゴ本国からの補給はなく、敵地のど真ん中に侵入したハンニバルですが、「カンナエの戦い」で8万人のローマ軍を撃破。その後、ハンニバルは10年以上、イタリア半島にとどまり、連戦連勝でイタリア中を蹂躙したのでした。
この戦争を「ハンニバル戦争(第二次ポエニ戦争)」と呼びます。「すべての道はローマに通じる」と言われたローマが、最大の危機を迎えた時でした。
戦いでは勝てないと判断したローマは、持久戦に持ち込みます。さらにはローマ軍は、ハンニバルと戦わず、カルタゴ本国を叩くのでした。カルタゴから召喚命令が出たハンニバルは紀元前203年にカルタゴに戻ります。カルタゴ・ノヴァを出発してから15年が経っていました。
一方、ローマにも若い英雄が生まれていました。スキピオ・アフリカヌスです。父と伯父をハンニバルに殺されたスキピオでしたが、彼はハンニバルを尊敬しており、ハンニバルの戦法を研究し、さらに練り上げるのでした。
紀元前202年、ハンニバルとスキピオによる最終決戦が行われます。「ザマの戦い」です。この戦いで、スキピオはハンニバル戦法を使って、ハンニバルを撃破。長かったハンニバル戦争はようやく幕を閉じたのでした。
最終的に勝利を収めたローマですが、ハンニバル戦争によって数十万人の命が失われたと言われます。
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ハンニバル戦争は、古代世界の戦いですが、バカにしてはいけません。映像を見てもらえば分かりますが、コロンブスがアメリカ大陸を発見したよりも大きな船を活用し、多数の船団を組んで戦っています。巨石を飛ばす大砲みたいなものもありましたし、火炎放射器もありました。
有名な数学者アルキメデスは、この時、カルタゴ側について戦い、ローマ軍に殺されますが、彼は「アルキメデスの熱光線」という兵器を発明しています。太陽光線を集めて敵の船を焼くというソーラレイのような兵器でした。
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サブタイトルに「Find a way, or Make one」とありますが、これはハンニバルの名言です。「道は我々が見つけるか、さもなくば、我々が作るのだ」
古代世界の雄大さとロマンを、映像と一緒に楽しんでいただければ幸いです!