オシーンについて -民話・神話や伝説の英雄と妖精-
アイルランド南部(レンスターやマンスター地方)に伝わる伝説「フィン物語」に登場する英雄(これに対し、北部のアルスター、コナハト地方にはクー・フリンの英雄伝説がある)。古代ケルト族タラの大王コーマック・マク・アート(Cormac mac Airt)の親衛隊であるアイルランドの偉大な軍団、フィアナ(Fianna)騎士団の詩人。彼はフィン・マックール (Finn mac Cumaill=女ドルイドに養育されたフィアナ騎士団を率いる英雄)と妖精の女サヴァとの息子であった。オシーン(オシアン)は子供時代、鹿に育てられるが、父のもとに戻って成長すると、フィアナ騎士団の中で、最も優れた詩人とされ、また非常に勇敢な戦士になった。
ところが、ある日のこと、妖精の女王である金髪のニアヴがオシーンを常若の国ティル・ナ・ノグへ連れ去ってしまう。
そして、何百年も経ってから(ティル・ナ・ノグではたったの3年)オシーンは白馬に跨って戻ってきたが、困っている人を助けようとして地に足をつけた途端に、老人の姿に変わってしまう。
古い伝承では、老人の姿に変わったオシーンは、その場で灰になって崩れさってしまう、あるいは小さく縮んで煙が霧のようにかき消えてしまうとされている。(浦島伝説のアイルランド版?)一方、後の時代の話の中では、もう一度ティル・ナ・ノグへ帰って、金髪のニアヴと今も楽しく暮らしているとされる。また、オシーンが生きている間に聖パトリックと出会い、自分の口からティル・ナ・ノグの様子や自分の身の上を語ったという話も残されている。
伝説「ティル・ナ・ノグへ行ったオシーン」(オシーンが聖パトリックに語った話)
金髪のニァヴと共にティル・ナ・ノグで楽しい時を過ごしていたオシーンは、3年程経つと父や友人にもう一度会いたいと思うようになった。「すぐに戻る」と言うオシーンを見送りながら、ニアヴは助言する。
「エリンはもう、あなたがお出かけになった時のようではないのです。フィンもフィアナの騎士もとうの昔に去り、今では聖人や僧侶で溢れているのです。どうか私の言うことを良く聞いて下さいまし。この白馬が道を良く知っています。けれど、白馬から下りてはいけません。白馬から下りてあなたの足が土に触れたなら、もう二度と私のところには帰れないのです。どうか、このことだけは忘れないで下さいまし。」
(「常若の国」を訪れた英雄オシーンの物語は、映画「白馬の伝説」のおじいさんの話にも登場する。)
1960年に、スコットランド人の教師で後に国会議員に選出されたジェームズ・マクファーソン(1736-96)が、3世紀の詩人オシアンが語った物語として「ゲール語およびエルス語より訳された、古代詩の断章」を発表。62年にはフィン・マク・クールの冒険を描いた「フィンガル」、63年にも同じく英雄詩「テモラ」などを出版した。マクファーソンは、こうした物語詩の素材をすべてスコットランドの高地地方を旅しながら自分で採集したと主張したが、文学の専門家によってその真贋が問われ、彼の死後になって、これら三作品はアイルランドの俗謡の断片を拾って”でっちあげた”創作物語であったという結論が出された。
とはいえ、オシアンの詩集は後世に多大な影響を与え、多くの著名人に愛された。ゲーテやブレイクが誉め讃え、ナポレオンはこのオシアンの詩集を愛読書と断言してセント=ヘレナにも携行した。そして、マクファーソンの本によって一般の人にも「ケルト文化」への興味が高まった点で、彼の功績は大きかったといえる。その後、文学界では正真正銘のケルトの作品を見つけようとする努力が倍加された。