【大東亜戦争 日本陸軍の航空機】 ③ 中島 陸軍一式戦闘機「隼」
名戦闘機の条件としては、その登場後も不断に改良され続け、大戦前や、初期に開発された機体でも最高速度などの基本機能は戦争の推移とともに向上され続けて、ドイツのメッサーシュミットBf109やイギリスのスッピトファイアMkのように、長期間第一線に留まり続けるということも挙げられる。
日本の飛行機では「隼」がそれに当たる。中島 一式戦闘機「隼」は、「ゼロ戦」と同じエンジンを採用しているにもかかわらず、カタログスペックが低かったため、日本人には「ゼロ戦」ほどの知名度、話題性がなく、軽視されがちな戦闘機だが、「隼」は「ゼロ戦」とは異なり、逸早く戦訓を取り入れ1942年夏には、燃料タンクのゴム張り防弾タンクへの変更や搭乗員を守る背面鋼板の設置など防弾装備を充実させ、さらに生産性も考えて設計されていた。
戦争を通して改良を続けられた「隼」は、ついに「ゼロ戦」のスペックを上回り、大戦後半の「ゼロ戦」が「空飛ぶ七面鳥」「ゼロ式ライター」とアメリカ軍にあざけられるようになってからも、「最後まで侮れない相手だった」と評価されている。
「ゼロ戦」ほど無残な敗北をすることも無く、日本にとって「身の丈にあった」戦闘機と言えた。