指輪について -民話・神話や伝説の英雄と妖精-
多くの妖精物語や冒険物語のなかに登場する、妖精によって作られた不思議な力を持つ指輪。それらは、時に勇者を助けて国を救い、また時には暗黒の世界のものに支配される…。
フランス(コルシカ島)民話「王女の指輪」
昔、妖精から贈られた魔法の指輪を持つ美しい王女がいたが、ある日その指輪を大鷲に奪われてしまった。王女が生まれた時に彼女の両親は妖精から「魔法の指輪を失う者は、1年以内に見つけなければ必ずや死を迎えることになる」と忠告されていたので、慌てて王国中におふれを出した。「指輪を取り戻した者を王女の夫とする。」
多くの身分の高い貴族が名乗りをあげて鷲狩りが行われたが、指輪を見つけることは出来なかった。そんな中で王女の愛するある貴族の青年は自分の名付け親である妖精に相談して、鷲の王国へと旅立った。そして彼はやっとのことでその鷲を見つけ、あと1日で約束の1年が終わるという日に王宮に参上し、王女の手に指輪を戻すことが出来た。
フランス(コルシカ島)民話「魔法の指輪」
あるところに、たいそう貧しい暮らしをしている6人の兄妹がいた。ある日、末の弟がたまりかねて兄たちに言った。「金儲けが出来るかどうか、ひとつ試しに世間を歩いてみたい。1週間後にどんなことがあったか報告しよう。」
そうして末の弟は度に出ることになった。数日後、彼は森の中に一軒の小さな家を見つけた。少し休ませて貰おうと思い、その家を訪ねると、戸口に出てきた女主人が彼の足下に指輪を落としてしまう。末の弟はそれを拾い上げて女に渡そうとしたが、あまりの美しさについ指にはめてみる気になった。指輪が彼の指にはめられた途端、末の弟の身体は毛で覆われ2本の角が生えてきて耳が伸び、山羊の姿に変わってしまった。その家に住んでいたのは性悪な妖精だったのだ。弟が戻らないのを心配した5人の兄たちは次々に旅に出たが、皆同じように羊の姿に変えられてしまった。
そうしてついに1人残された妹のマリアも旅に出た。マリアが妖精の家にたどり着くと女主人は兄たちにしたように、指輪を落としてみせた。ところが、マリアが旅の途中で助けてあげた鳥が飛んできてその指輪を持ち去り、妖精の魔術から逃れる方法を教えてくれた。それで、マリアは妖精が眠りに就くまで待って、彼女から魔法のシャツを奪い、その力で兄たちをもとの姿に戻すことが出来た。
フランス(ガスコーニュ地方)民話「黄金の指輪」
昔、太陽のように美しく聖者のように慎ましい王女がいたが、18歳になったとき突然思い病にかかってしまった。父王は最も博学な医者を呼び寄せた。すると医者は「薬はここにはありません。誰か若者に命じて遥か遠いオレンジの国の黄金の実を摘ませ、それを王女に食べさせれば、きっと病は癒えるでしょう。」と答えた。そこで王は国中におふれを出して勇気ある若者を募った。
そのころ、1軒の小さな家に1人の女と3人の息子が住んでいたが、おふれを聞いた3人の息子は次々と旅に出た。元来怠け者の2人の兄たちは失敗に終わったが、働き者の末の息子がオレンジの国へ行くと老婆の姿をした妖精が、ハエをはらう鞭と兎を集める銀の笛と不思議な力を持つ金の指輪をくれた。
さて、オレンジの実を持って王宮に現れた若者に、王はさらなる命令を下した。「国中のハエを一匹残らず追い出したら、娘と結婚させよう。」「三百羽の野兎を1週間の間見張り、毎晩日没の頃に家畜小屋にもどしたら、今度こそ娘と結婚させよう。」王の命令を難なく果たした若者は、王様に申し出た。「王様、この指輪をお姫さまの指にはめさせて下さい。」すると金の指輪が王女の指を締めつけたので王女はたまらず叫んだ。「この若者と結婚できなければ死にます。」そこで、ようやく王は若者に王女との結婚を許可した。
小説「指輪物語」J.R.R.トールキン作/瀬田貞二・田中明子共訳
「三つの指輪は、空の下なるエルフの王に、
七つの指輪は、岩の館のドワーフの君に、
九つは、死すべき運命(さだめ)の人の子に、
一つは、暗き御座(みくら)の冥王のため、
影横たわるモルドールの国に。
一つの指輪は、すべてを統べ、
一つの指輪は、すべてを見つけ、
一つの指輪は、すべてを捕えて、
くらやみのなかにつなぎとめる。
影横たわるモルドールの国に。」
小説「指輪物語~第1部・旅の仲間」J.R.R.トールキン作/瀬田貞二・田中明子共訳
「はるかな昔、エレギオンで、エルフの指輪が数多く造られた。魔法の指輪というやつじゃ。むろん、種類はいろいろあった。あるものは非常に強力であったし、あるものはさほどでもなかった。力の弱い指輪は、技がまだ未熟であった頃の試作品にすぎなかった。それらはエルフの細工師どもにとっては、くだらないものでしかなかった…しかしそれさえ、限られた命しかもたぬ者には、やはり危険だと思われるがの。まして、偉大な指輪、魔力の指輪となれば、その危険は破滅的ともいえるほどなのじゃ。」(魔法使ガンダルフ)
アイルランド叙事詩「ヴォルスンガ・サガ」デイビッド・デイ編/塩崎麻彩子訳
「さて、それこそアンドヴァリナウト、すなわち”アンドヴァリの織機”とよばれる指輪だった。黄金を呼び、財宝を増やし加える力のゆえにそう呼ばれていた。この金の指輪は黄金を生み出すのだったが、それはこの指輪の持つ力の一部に過ぎなかった。その力の多くは知られていない。ロキが盗んだ小さな純金の指輪一つが、残りの財宝すべてを合わせたのと同じだけの価値を持っていたのだ。ドワーフはロキの背中に向かって叫んだ。”おまえを呪ってやる!その指輪とそれが生み出す財宝には、永遠に俺の呪いがつきまとうだろう。その指輪と財宝を長く所有する者は、みな破滅するのだ!”」
旧約聖書「ソロモンの指輪」デイビッド・デイ編/塩崎麻彩子訳
「困りはてたソロモンは、モリア山の高く突き出た岩の上に登って、ヤハウェの神に祈った。突然、エメラルドの翼を持つ大天使ミカエルが、まばゆい光の幻のうちに現われ、黄金の指輪を差し出して言う。”受け取るがよい、王にしてダビデの子なるソロモンよ。主なる神、いと高きゼバオトが汝にくだされた賜物を。これによって、汝は地上の悪霊を男女とともおにことごとく封じるであろう。またこれの助けによって、汝はエルサレムを建てあげるであろう。だが、汝はこの神の印章を常に身に帯びねばならぬぞ”。(中略)指輪をはめたソロモンは、今やその最高の力を駆使して吸血鬼オルニアスを召喫した。この者がヤイルの力を奪い、神殿の建築を妨げていたのだった。ソロモンがオルニアスに、償いとして昼間、神殿のために石を切り出すように命じると、オルニアスは深々と頭を下げて、指輪の王の命令に従った。」
楽劇「ニーベルングの指輪(第一部「ラインの黄金」第一場)」リヒャルト・ワーグナー作/デイビッド・デイ編/塩崎麻彩子訳
「深い川底。三人の水の妖精(ニンフ=ラインの乙女)が、澄んだ緑色の深みの中で歌い遊んでいる。この美しいライン川の娘たちを、ニーベルング族のアルベリヒが覗き見る。醜いドワーフは水底の乙女たちの領域に降りてきて、自分をからかう妖精たちを欲望に燃えて空しく追いまわす。嘲笑されて腹を立てたドワーフは、不意にまばゆい金色の輝きに圧倒される。日の光が岩礁の頂の黄金に当たって、暗い川をきらめく金色の光で満たしたのだ。妖精たちは、この宝…「ラインの黄金」を賛美して歌う。これを使って黄金の指輪を鍛えれば、その持ち主は世界の王になれるのだ。しかし、ラインの黄金を手にして支配できるのは、みずから進んで愛を呪い、愛のあらゆる喜びを拒絶する者だけなのだった。アルベリヒは、どのみち愛を勝ち取るには醜悪すぎたので、力の方を選び、愛を拒絶する誓いを立てる。そしてこのニーベルング族は、ラインの黄金を岩礁の頂からさらって、闇の中へと逃げ去る。」