ロビン・フッドについて -民話・神話や伝説の英雄と妖精-
シャーウッドの森に住み、悪を打ち弱者を助けるという伝説のヒーロー。鮮緑色(リンカン・グリーン)の服に身を包む弓の名手である。「ロビン・フッド」の伝説や名前の由来には幾つかの説が存在するが、1つはマーガレット・マリー博士が提唱した魔術研究理論に基づくもので、五月祭で生け贄とされる死すべき神を起源と考え、中世以降その神がロビン・フッドに衣替えしたのだとする説である。他には無法者であったロバートという人物が自ら森の精の名(ロビン・グッドフェロー)を真似て「ロビン・フッド」と名乗った、あるいはフッドという人物が森の妖精エルフの別称である「フドキンHodekin」から名前を取ったとする説(サー・シドニー・リー)や、ある人物が悪ふざけが大好きな性格で緑の森の奥深くに住んでいたことから、人々がこの名を与えたのだとする説(トマス・カイトリー)、「森のロビン(ロビン・オヴ・ザ・ウッド)」が転訛したとする説(トマス・ライト/1864)などがある。
英雄実在説にも12世紀のロクスリー生まれの伯爵とする説(リットソン)と、14世紀に森に住んでいた盗賊の1人とする説、1247年11月18日死亡説、1198年12月4日死亡説(「ロビン・フッドの真の物語(マーティン・パーカー著/1632)」)などもある。「スコットランド押韻年代記(アンドルー・ド・ウィントン著/1420)」ではロビンの活動期を1283~85年とし、「スコットランド年代記(ウォルター・バウア著・1440年代)」では1266年頃、「大ブリテン史(ジョン・メイジャー著/1521)」では、リチャード1世が十字軍に参加した後ドイツでとらえられていた1193~94年があてがわれた。その後、一般的にはメイジャー説が受け入れられていった。
「ロビン伝説の起源は今から700年以上さかのぼる。ロビンが生きていた時代はさらに前になる。実在の人物であればの話だが。以来、彼はバラッドや本、詩、演劇の中で、ヒーローとして生きながらえて来た。」(ジェイムズ・クラーク・ホワイト著「ロビン・フッド~中世のアウトロー(1989)」プロローグより)
現存する古書としては「ロビン・フッドと修道士(1450年頃のバラッド/写本)」「ロビン・フッドと焼物師(1503年頃のバラッド/写本)」「ロビン・フッドの武勲(1510~1515詩集/印刷)」「ロビン・フッドの小武勲(1492~1534詩集/印刷)」「ロビン・フッド、その死(トマス・パーシャが17世紀編纂の詩集に収録/印刷)」「ロビン・フッドとガイ・オヴ・ギズボン(1475年頃の劇脚本/写本)」などがある。そして、近年になって散文作品が登場する。ウォルター・スコットの「アイヴァンホー(1820)」、トマス・ラヴ・ピーコックの「メイド・メアリオン(1822)」、ピアス・イーガンの「ロビン・フッドとリトル・ジョン(1840/子供向けに書かれた最初のロビン・フッド物語)」など。
また、映画の題材としても多く扱われている。「ロビン・フッドの冒険(1938・米)」「ロビン・フッド(1973/ウォルトディズニー版)」「「ロビンとマリアン(1976・米)」「ロビン・フッド(1991・米/ジョン・アービン版)」「ロビン・フッド(1991・米/ケビン・レイノルズ版)」「ロビン・フッド~伝説のタイツの男(1993・米)」など。
歴史小説「アイヴァンホー」 ウォルター・スコット作/菊池武一訳
獅子心王リチャード一世の治世(1189-99)も終わりに近い頃、十字軍遠征に失脚した国王は外国で囚われの身となり、その間に王の弟ジョンが彼の座を狙っていた。王の重臣アイヴァンホーのウィルフレッドは主君のため、遠征先から一足先にイギリスに戻り、ジョンに味方するノルマンの騎士団に単身で挑む。その後、その戦いに黒騎士(身分を隠したリチャード王)やシャーウッドの森の無法者ロクスリー(ロビン・フッドの別称)、ユダヤの父娘らも加わるが…。
「イギリスも、ドン河水がうるおす、あの愉しい地方には、大昔は、大森林がひろがっていた。シェフィールドの町と愉しいドンカースターの町とのあいだの、美しい丘や谷は、だいたい森におおわれていた。今でも、ウェントワースやウォーンクリフの宏壮な領地や、ロザラムの町の周辺には、この広大な森の名残が見られる。また昔は、おとぎ話にでてくるウォントリの竜が出没していたのもここであるし、薔薇戦争のころには、この辺でははげしい戦争があった。それからイギリスの歌にうたわれて人気のある勇敢な無法者(ロビン・フッド)の仲間のあばれまわったのもこの辺である。」