アーサー王について -民話や伝説の英雄と妖精-
「現在までおよそ15世紀にわたって、アーサー王伝説は本国であるイギリス、フランスはもちろんのこと、ヨーロッパ各地や日本をはじめとするアジアの国々でも、人々を魅了し続けています。そうしたアーサー王の物語の面白みは、まず、主人公のアーサー王が魅力的な謎に満ちていることでしょう。少なくとも一方では歴史的事実として考証されている英雄であり、他方では民間に語り継がれている英雄伝説の主人公として、さまざまな要素を取り込みながら両者が交ざり合い、悲劇の英雄として理想化されていってるからだと思います。物語を語る人々が、アーサー王に対する崇拝の念や憧れの気持ちから、この英雄の謎や不明の部分を自分の想像力で埋め、自在に補って創っていったからとも考えられます。」(「アーサー王ロマンス」井村君江著・ちくま文庫より)
古くは6世紀に書かれた詩集「ゴッディン(ゴイデン)」(アイナリン著)から12世紀中頃の歴史書「ブリテン王列王史」(ジェフリー・オブ・モンマス著)、そしてウェールズの初期の物語集「マギノギオン」の写本(「14~15世紀に書かれた「リゼルフの白本」と「ヘルゲストの赤本」)「まで、アーサー王は多くの文献に登場する。そして12世紀にフランスのクレティアン・ド・トロワによって「ブリュ物語」に集大成され、15世紀になって、本国イギリス・ウェールズ出身の騎士トーマス・マロリーが「アーサー王の死」としてまとめた。
アーサー王のモデルとして実在する人物には、5世紀に活躍したブリテン人(ウェールズ人の祖先)の英雄、「戦いの王」アルトリウスが最も有力な候補として挙げられる。彼はブリテン島に侵入してくるサクソン人やピクト人などの敵に勝利し、ブリテン人を救った。その際に名乗った称号「戦いの王」がブリトン語で「アーサー」となるため、その後、「アーサー王伝説」として語り伝えられたのである。ただし、アルトリウス本人はブリテン人ではなく、ローマがブリテン人を組織するために任命した(在ブリテンの)ローマ人総督であったらしい。
小説「アーサー王の死」トーマス・マロリー著
「マーリン伝説/アーサー王の誕生」「円卓」「湖の騎士ラーンスロット」「トリスタン(トリストラム)とイズー(イソウド)」「聖杯探求」「グウィネヴィア王妃とラーンスロット」「アーサー王の死」などの伝説や物語が散りばめられている。
1.<マーリン伝説/アーサー王の誕生>
マーリンは人間とインキュバス(夢魔)から生まれた子供で、予知能力を持ち、「赤い竜(ブリトン人)と白い竜(サクソン人)との戦いは、コーンウオールの猪(アーサー王)が現れて白い竜を踏みつぶすまで終わらない」と予言した。
そして、マーリンの妖術によって、ウーゼル・ペンドラゴン王とイグレーヌ王妃との間にアーサー王が生まれ、彼が王に即位した後も、マーリンはアーサー王の宮廷にたびたび現れては、戦略や政治に力を貸し、王の陰の力となった。その後マーリンは湖の妖精ニミュエの策略で永久に地下(一説にはフランスのブリュターニュにあるブロセリアンドの森だされている)に封じ込められてしまうことになるが…。
マーリンのモデルになった者の1人として、ウェールズの吟遊詩人タリエシンがあげられている。タリエシンは6世紀に生きた半ば神話的な人物で、ウリエン・レーゲドという名のブリテンの族長に仕えた人物だったらしい。ブリテンに宣教師を派遣するようコンスタンティヌス帝に願い出た聖ヘンヌグ(=吟遊詩人ヘンヌグ)の息子で、詩人を養成するカトゥグ校で学び、洗礼を受けた。彼はまた予言や魔法、ドルイド教にも通じた人であったとされているため、同じ様な能力を持つマーリンとの混合が生じていると考えられる。中世の騎士物語の中に描かれるタリエシンは、様々に脚色されて「マビノギオン」ではマエルグウィンの宮廷に仕えたとされ、他ではアーサー王のお抱え吟遊詩人であったり、ブランの仲間とされていたりする。
2.<円卓>
マロリーによると「円卓」はマーリンの助言で、父王ウーゼル・ペンドラゴンの時代に作られ、彼の死後、グウィネヴィアの父ロデクランス王の手に渡るが、グウィネヴィアとの結婚によって、アーサー王のもとに戻ったとなっている。「円卓」は平和の象徴であり、アーサー王の時代、円卓を囲んだ騎士団は一致団結して、世界最強の王国を作りあげた。
3.<湖の騎士ラーンスロット>
父王であるベルウイックのバン王は、アーサー王の忠実な同盟者であったが、クローダス王との戦いに倒れる。息子のラーンスロットは、母ヘレン王妃のもとから、湖の妖精ニミュエに連れ去られ、湖の館で育てられる。
4.<トリスタン(トリストラム)とイズールト(イソウド)>
コーンウオールの騎士トリスタンとアイルランドの王女イズーの悲恋物語。
トリスタンは、主君であり叔父にあたるマルク王のために、アイルランドの王女イズーを王妃として迎えに出掛ける。帰りの船中で、トリスタンとイズーは誤って媚薬を飲み、恋に陥る。イズーはマルク王の妃となるが、トリスタンとの恋は続き、遂には二人とも破滅への道をたどる。
(「トリスタン物語」には多くの写本が残存するが、彼らの死については2つの系統に分かれる。1つはマルク王の裏切りにより、トリスタンが恋人イズーの前でハープを奏でている時に鋭利な槍で刺し殺され、イズーもその場で息絶えた、とするもの。もう1つは、遠く引き離されたブルターニュの地で、トリスタンは友人のために戦死し、その知らせを聞いたイズーも後を追った、とするもの。)
アイルランドの神話物語「フィン物語群(オシーン物語群)」の中に、トリスタンとイズールトの原型になったと言われる「ディアルマドとグラーニェ」の物語がある。ここではディアルマドに片思いをしていたグラーニェ(ターラの国王コルマク・マク・アルトの娘でフィンの婚約者)の「ゲッシュ(ドルイド教の呪文あるいは宣誓)」と愛の神オイングスの助力によって2人は結ばれる。
5.<聖杯探求>
騎士たちが生命を賭けて探求の旅に出る「聖杯(ホーリー・グレイル)」は、キリストが「最後の晩餐」で用いた杯もしくはキリストの血を受けた杯だと言われるが、ケルト神話の異界である「常若の国(ティルナノグ)」にある不思議な魔法の杖や大釜(アーサー王が地下世界から盗み出した大釜やマビノギオンに登場するブランの大釜などには魔法の力が備わっているとされている)、大皿などとも関連づけられている。
「けがれのない高貴な者だけが、主イエス・キリストの秘儀を見ることができる」とされる聖杯の探求物語が書き加えられることで、アーサー王伝説にキリスト教神秘思想の要素が導入された。
多くの騎士が探求に出掛けるが、皆失敗して旅の途中で倒れるか、あきらめて引き返した。地上で最も優秀な騎士と言われたラーンスロットでさえ、その恩恵を受けつつも不義の罪(許されぬ恋)から遂に聖杯を得ることは出来ず、唯一それを手にしたガラハット(ラーンスロットの息子)は、聖杯と共に天に昇っていった。
6.<グウィネヴィア王妃とラーンスロット>
アーサー王から信頼され、最も忠実であったはずのラーンスロットが王妃グウィネヴィアと恋仲になってしまう。やがて円卓の騎士の一人であるアグラヴェインの密告により、アーサー王とラーンスロットが敵対し円卓の騎士団は崩壊する。そして王国から追放されたラーンスロットは、グウィネヴィア王妃を火あぶりの刑から救い出した後、故国フランスに帰る。
7.<アーサー王の死>
ラーンスロットの留守中、アーサー王はモルドレッド(ラーンスロットの息子)の反逆によって倒れる。瀕死の王は湖の妖精たちによってアヴァロンの島へと運ばれていく。(マロリーは、その後王の亡骸はキャンタベリの司教によって埋葬されたとしているが、妖精の国で現在も生きているとする説や地下の洞穴で眠っているとする説など、王が生きているという考えも今だに根強く残っている。)
小説「サー・ローンファルのロマンス」トマス・チェスター著
ローンファルはアーサー王の騎士の1人で、王の執事を務めていた。しかし、アーサーがアイルランド王の娘ギニアと結婚し彼女を宮廷に連れて来た時、ローンファルは妃の多情な気質を心配して不満の意を表明したが聞き入れられず、宮廷を去ることになる。
カーリューンに隠退して極貧の暮らしをしていたが、ある祭りの日に森の中で2人の乙女と出会い、フェアリー王オリルーンの娘トリヤムーアの館に招かれる。ローンファルは一目でトリヤムーアの美しさ、愛らしさに惹かれ、彼女も「2人の事を口外せぬこと」を条件に彼の求愛を受け入れる。ローンファルは、トリヤムーアから贈られた「いくら使っても中身の減らない財布」を持って王の宮廷に戻り、お金にも愛情にも満ち足りた生活を手に入れた。
そんなある日、ローンファルに王妃が言い寄るが、彼が断ると王妃はアーサーに同志の不義を訴え、火あぶり刑を求めた。運命の日、トリヤムーアが現れるとローンファルは彼女と共にフェアリーの国へ去り、もう二度と人間の世界に姿を見せることはなかった。
物語「クルフフはいかにオルエンを手に入れたか(ウェールズの物語集「マビノギオン」より)」イアン・ツァイセック編
「アーサー王のいとこクルフフがイスバザデンの美しい娘オルエンを自分の妻にしようとする。オルエンをめとるには、その父親が課す数々の超人的な課題をこなさねばならない。これらの難題をこなすために、クルフフは不思議な冒険に巻き込まれることになる。そしてこの冒険にはアーサー王もたびたび登場する。」(山本史郎・山本泰子共訳「図説ケルト神話物語」マビノギオンのあらすじより)
物語「エヴラウクの息子ペレトゥル(ウェールズの物語集「マビノギオン」より)」イアン・ツァイセック編
アーサー王のために戦いを求めて遍歴する騎士の物語。幼くして父と6人の兄を失ったペレトゥルは、戦さを生業(なりわい)とする家系に生まれながら、母によって戦を知らぬ子として田舎で育てられた。ところが、ある日ペレトゥルは森で3人の騎士を見かけ、騎士になる決意をする。息子の決心が固いことを知った母親は彼にアーサー王の宮廷に行くようにと助言した。
物語「聖エフラムとアーサー王の探求の旅(ブルターニュの物語集「バルザス・ブレイズ」より)」イアン・ツァイセック編
アイルランドの王子が英雄アーサーを助けて、恐ろしい竜を退治する物語。アイルランドの王子エフラムは修道僧の教育によって神に仕えることを望むようになり、父王の後継ぎを拒んで隠者となるためにアルモリカ(ブルターニュ)へと渡る。当時のブルターニュは未開の地で、獣や怪物に悩まされており、人々はブリテン島のアーサー王に竜の退治を願い出ていた。勇敢なアーサーはモン・サン・ミシェルの巨人を退治し終えると、早速ラニオンの森に出掛けて竜の巣穴を見つけだした。ちょうど、そこにたどり着いたエフラムは自分がアーサーのいとこであることを知らされ、アーサーの竜退治に手を貸す事になった。
こうしたアーサー王伝説を題材にした芸術作品は今も数多く作り続けられている。アメデー・エルネスト・ショーソンのオペラ(歌劇)「アーサー王(1894制作/1903初演)」に始まり、カミンズ・カーの戯曲「アーサー王(1895)」、リヒャルト・ワグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ(1859)」、「パルシファル」などが上演され、絵画の世界でもエドワード・バーン=ジョーンズ、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、アーサー・ヒューズ、ジョセフ・ノエル・ペイトン(スコットランドの妖精画家)他、多くの画家が作品として残している。1995年アメリカ製作の「トゥルーナイト」は<グウィネヴィア王妃とラーンスロット>と<アーサー王の死>を題材に映画化されたもの。この他にもアーサー王が手に入れた魔法の剣を主題に描いた「エクスカリバー(1981)」や「インディ・ジョーンズ最後の聖戦(1989)」「円卓の騎士(1953)」「勇気の剣~ガウェインと緑の騎士の伝説(1963)」「王様の剣(1963/アニメ)」「キャメロット(1967)」「湖水のランスロ(1974)」「モンティ・パイソンの聖杯探求(1974)」「パルシファル(1982)」「キャメロン(1998)」「魔法の剣キャメロット(1998/アニメ)」など、多くの作品が製作されている。
「歴史上の実在人物としてのアーサーは、紀元6世紀の初めにサクソン人と戦って、しばしばこれを敗走せしめたケルト人の将軍であった。しかしブリテンは遂にアングロ・サクソン人のために征服せられ、ケルト人はウェイルズやコーンウォール、アイルランドやスコットランドへ逃れて住むようになった。また、一部は海を渡って今日のフランスの北西部ブルターニュに定住した。これらのケルト人は、いつの日かアーサーが再びアヴァロンから戻ってきて、自分たちの亡びた王国を再興してくれるにちがいないと信じていた。6世紀から12世紀までの長い歳月にわたって持続されてきたケルト人の強い願いと夢とは、やがて彼らの救国の英雄アーサーを世界最強の王者に育て上げてしまった。12世紀の「ブリテン列王史」にその輝かしい生涯を記録されたのは、この偉大な王となったアーサーである。」(井村君江著「アーサー王の死」解説より)