Bombies in Laos 不発弾 ボンビーの悲劇
1975年迄続いたインドシナ戦争当時、人口が200万人のラオスにアメリカ軍は250万トンの爆弾を投下。ラオスは中立国として正式にはインドシナ戦争には加わっていなかった。アメリカもラオスでの内戦には関わっていないはずだった。
しかし、アメリカはホーチミンルートが通っているとして北爆の名の下でベトナム国境側のラオス領内を猛爆。また、モン族の一部を傭兵化して共産軍に対抗さた。これがアメリカによる秘密の戦争。
落とされた爆弾の一部は不発弾として未だに土中に眠り、時として人々を死に追いやり、負傷させています。
特に悲惨なのはクラスター爆弾から撒き散らされた色鮮やかでおもちゃのようなボンビー。何も知らない子供が遊んで死傷してしまう悪魔の兵器。
この番組は2004年にNHKが優秀なテレビ番組の贈る日本賞を受賞したカナダのドキュメンタリー。あれから10数年経った今も状況は変わっていない。