インド神話 -世界の神話-
インド神話
インドの神話は、大まかに3つの系統に分類される。
第1はベーダの神話である。紀元前の15世紀間にもわたってバラモン教文化にはぐくまれた、ベーダの神々と祭式のシンボリズムにまつわる神話である。
第2はヒンドゥー教の神話。紀元前後から現在にいたるまでヒンドゥー文化がつたえる、「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」の二大叙事詩やプラーナ文献にみられる神話である。仏教やジャイナ教がつたえるものもほぼこれに共通する。
第3はヒンドゥー教化されていない、あるいはされていても伝統をまもっている先住民の社会がつたえる神話である。 ここでは第2のヒンドゥー教神話を中心に実例をあげていく。インドの美術作品や芸能を鑑賞するときいちばん必要になるのは、この神話である。
乳海撹拌の神話
かつて神々と魔神たちは共同してアムリタ(不死の甘露)をもとめて乳海を撹拌(かくはん)した。
原乳にヨーグルトをくわえ、撹拌してチーズやバターを抽出するように、マンダラ山を撹拌棒とし、大蛇バースキを巻き紐(ひも)として、神々と魔神が両方からひいて撹拌した。ビシュヌ神はまずあらゆる種類の植物と種子を乳海になげこみ、みずからカメの姿となって海底にもぐり、撹拌棒の軸受けとなった。ブラフマー(梵天)はマンダラ山の頂上で指揮をした。
何度もひきあううちに、さまざまな神話的存在が出現する。あらゆる願いをかなえる聖牛スラビ(バーシシュタ仙のものとなる)、酒の女神バルニー、宝樹パーリジャータ(インドラのものとなる)、ランバーという名の天界の踊り子(アプサラス)、月神ソーマ、蓮華(れんげ)にのった幸運の女神ラクシュミー(ビシュヌの妻となる)、最後に神々の侍医ダヌバンタリが壺(つぼ)にいれたアムリタをもってあらわれた。
同時に世界を焼きつくす猛毒も生まれたため、神々も魔神もあわてたが、シバ神がこれをのみほして始末した。しかしさすがのシバも喉(のど)をやかれ、そこに黒い痣(あざ)がのこり、ニーラカンタ(青頸:あおくび)とよばれるようになった。
ほかにもインドラの乗物になった聖象アイラーバタ、聖馬ウッチャイヒシュラバスなどもあらわれた。アイラーバタは乳海の色をのこした白象で、水から生まれたので雨をよぶ力をもつとされ、雨ごいのための白象を王家が飼育する習慣のもととなったという。また聖牛スラビはのちにカシュヤーパ仙とまじわり、シバの乗物となる雄牛ナンディンを産んだ。
このようにブラフマー、ビシュヌ、シバの三大神や女神たちをはじめとして、そのほかの脇(わき)役の神々や動物たち、小道具類が登場する乳海撹拌の神話は、「マハーバーラタ」とともに東南アジアにもつたわり人気も高い。
主要な神々
三大神
ブラフマー、ビシュヌ、シバの三大神は、それぞれ自分がいちばんえらいと思っていた。
ブラフマーは最初に世界を創造したのは自分以外にないといい、ビシュヌはそういうお前は大海の底にねむるワシのへそからのびた蓮華の中に生まれたのだとばかにする。ビシュヌはシバと対決して彼を圧倒したともいう。彼は神々の仲間うちでの暴力事件が多く、インドラの天界から宝樹パーリジャータを強奪したこともある。
いっぽうシバは、自分の本体はリンガ(男根)であり、この姿であらわれたときには、その頂点をこえようとしたブラフマーも、底をきわめようとしたビシュヌもおよばなかったという。 ブラフマーは最初に生まれたというだけに老人で無力だが、シバとビシュヌはかぞえきれない魔神・悪鬼とたたかい、殺した。
女神たち
主要な女神たちは三大神の妻とされている。
ラクシュミーはビシュヌの妻で財運の女神だが、趣味のわるい浮気女といわれ、正義や学識の人をきらい、あやしげな者たちに気紛(きまぐ)れな愛をあたえる。彼女とは犬猿の仲のサラスバティーはブラフマーの妻で、学問・芸術の女神である。
シバの妻はパールバティー、ドゥルガー、カーリーなど数多い。パールバティーはヒマラヤ山の娘で、スカンダという息子を産み、ヒマラヤ山をシバの聖地にした。そこでシバは天からおちてくるガンガー(ガンジス川)を頭でうけとめ、毛髪で流れを緩和してわれわれにその恵みをもたらしているという。
ドゥルガー、カーリーは血の犠牲をこのむ好戦的な女神で、悪鬼殺しの武勇伝が多い。またタントリズム(→ 密教)の図像では、不活動な男性原理の上で躍動する女性原理として、死体として横たわるシバの上でおどりくるう姿がえがかれる。
インドラ
インドラは本来ベーダでは最強の英雄神だったが、ヒンドゥー教の時代には威光はうしなわれ、脇役にまわっている。古い神統の33の神々の王とされるが、その地位はビシュヌにおびやかされたばかりでなく、インドラの力をこえようとはげしい苦行にはげむ者たちにもおびやかされた。
彼は、そうした苦行者には美女をおくって苦行を邪魔させた。なかでも有名なのがランバーというアプサラスで、ビシュバーミトラ仙の邪魔をしようとしたが、逆に1年間石にされてしまった。彼女はあらゆる存在の中で第1の美女とされ、「ラーマーヤナ」の悪役ラーバナに誘拐され妻にされた。
ハヌマット
ほかに脇役としてあげておかなくてはならないのは、「ラーマーヤナ」の準主役ともいうべきハヌマットであろう。空をとび、ランカー城に潜入し、シーターに救出の近いことを知らせ、とらえられて尻尾に火をつけられるや、そのままあばれて街を焼きつくしたり、ラーマたちが傷をおうや山ごと薬草をもってきたりの活躍は芸能では必須の出し物である。
バースキとマナサー
バースキはパーターラという、ナーガ(大蛇あるいは竜)のすむ地下界の王とされる。彼は妹マナサーをナーガ族の安全のため、ジャラットカール仙に妻としてあたえたという。このような蛇族の女と人間の通婚の物語も人気が高い。なおマナサーは蛇毒よけの女神として今も信仰をあつめている。