ケルトの神について
古代ケルト人の創世の物語は、現在も謎のベールに包まれているが、アイルランドには、神々の時代から英雄(人間)の時代に至るまでの神話が残されている。
神話の語り部トァン・マッカラルによれば、古代アイルランドには3つの神族(パーホロン、ネメズ、フィルボルグ)が次々とやって来ては滅び、4つ目の神族トゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ)神族(「ダナーン巨人種族」とも呼ばれる)が、5番目の半神半人の種族ミレー族に破れて、地下や海の彼方の楽園「ティル・ナ・ノグ~常若の国」に逃れ「小さき人々(=妖精)」になった時から、人間の歴史が始まったとされている。
「妖精というのは異教の国アイルランドの神々トゥアハ・デ・ダナンのことで、もはや崇拝もされず、供物も捧げられなくなると、人々の頭のなかで次第に小さくなっていって、今では身の丈がわずか二、三十センチほどになってしまったのだ。」(W・B・イエイツ「ケルト妖精物語」井村君江編訳・筑摩書房より)
現在、私達が見聞きする物語に登場する神々の多くは、この4つ目の種族、ダーナ神族の神々である。彼らは南の島から「四つの神器(魔剣、魔の槍、魔の釜、運命予言の石「リア・ファイル」)」をもってきたと言われている。
ダーナの神々 Tuatha De Danan
名前
特性
ダヌ Danu
ダーナ神族の母神で、ダグダの娘。父と竈(かまど)と生命と詩歌の女神で、豊穣の神でもある。魔法の棍棒と竪琴、四つの神器のひとつ「魔の釜」を持つ。「ダーナ Dana」「アヌー Anu」「アナ Ana」とも呼ばれる。(ウェールズでは「ドーン」)
ダグダ
大地と豊潤の神。赤毛の知恵の神、父なる全知全能の神とも言われる。「不敗の剣(つるぎ)」を持つ。アイルランドの神話「フィン物語群(オシーン物語群)」に登場。
ヌァダ
ダーナ神族の王。モイツラの戦いで失った片腕の代わりに、ディアン・ケヒトが銀の腕を付けたので「銀の腕のヌァダ」と呼ばれる。四つの神器のひとつ「魔剣」を持つ。ウシュナの丘に王宮を持つ。
ルー
太陽・光の神。知識・技能・医術・発明など全技能に秀でる。四つの神器のひとつ「魔の槍」を持つ。ダーナ神族のディアン・ケヒトの息子キャンとフォモール族の魔眼バロールの娘エスリンとの間に生まれた。
マナナーン・マクリール(マナウィダン・ファブ・リル)
海の神リールの息子。海のかなたの「ティル・ナ・ノグ~常若の国」の王であり、「約束の国~プロミスド・ランド」があるとされるマン島の初代の王であった(現在もマン島の守護神)。水夫・漁夫の守り神。変身能力を持ち魔法の品々を所有する。ウェールズの物語集「マビノギオン」に登場。
ディアン・ケヒト
医術の神。薬草と魔術で病や傷を癒す。
ゴヴニュ
鍛冶の神。技術、特に建築の神で、呪術者でもある。他郷(アナザー・ワールド)に行き「ゴウニュの宴」で酒を飲めば、不老不死を得る。
ミディール
地下の神。ダグダの息子(養子)でオイングスの養父。ロングフォードとマン島に妖精の丘を持つ。魔法の牛と魔法の釜を持つ。
オイングス(オエングス)
愛と若さと美の神。ダグダとボアーン(ネフタンの妻)の間の子。ボイン河の畔にある妖精の丘の王。アイルランドの神話「フィン物語群(オシーン物語群)」に登場。
オグマ
雄弁・霊感・言語の神(知恵の神)であり、また戦いの神でもある。ダグダの息子。オガム文字の発明者ともいわれる。
モリガン(モリグー)
戦いの女神。カンムリ烏(からす)や狼の姿で戦場に現れ、血と死を求める邪悪な女神。バドヴ(バズウ、バッヴ)、マハ、ネヴァンという3つの別の顔を持つ三位一体の神でもある。アーサー王伝説に登場するモルガン・ル・フェ(湖の妖精/アーサーの異父姉)の前身。アイルランドの神話「トェン物語」にも登場。
ヴァハ(ネヴィン)
戦いと運命の女神で、母親と大地の女神でもある。浅瀬で戦士するはずの人の鎧や武器を洗うと言われ、死を予告する不吉な妖精バンシーの前身。
ボアーン(ボアン)
ボイン河の女神。ボイン河の畔(ニュー・グレンジ)の妖精の丘(ブルー・ナ・ボーニャ)の女王。アイルランドの神話「フィン物語群(オシーン物語群)」に登場。
その他の神々
名前
特性
アーニャ
マンスター地方の守護神。地母神で産土(うぶすな)の神。稔りや豊作の女神でもある。
アトロポロス
運命の女神。
アルティオ
豊穣と狩猟の女神。熊の守り神。
アンナ
ブルターニュの母神(ブルトン人の守り神)。豊穣の女神。聖母マリアの母。
ヴェベイア
ワーフ河の女神。
エヴィン
マンスターの北部の女神。
エスス
戦いの神。ローマでは「マルス」にあたる神。
エスニャ
マンスター南部の守護神。豊作と稔りの神で、穀物と家畜を守る月の女神。
エポナ
古代の馬の女神。ケルトの神としては珍しくローマ人にも崇拝されて、12月18日がエポナの祝日とされた。癒しと人間の魂の庇護にも関係する。
オグミオス
雄弁の神。ローマでは「ヘルクレス」。
グウィネヴィア
豊穣の神。太母神で、五月祭の女王。
クリーナー
マンスターの地下の女神。コークのマロー近郊の妖精の丘に住む。
クロタ
クライド河の女神。
クロート
運命の女神。
ケルヌノス(ケルヌンノス)
ケルトの神々の中でも最も古い神の1人。豊穣のシンボルで、動物たちの王。グンデルストラプの大釜にも、鹿のような枝角を持つ神として描かれている。
サヴリナ
セヴァン河の女神。
シャナン
シャノン河の女神。
セクアナ(セクアンナ)
セーヌ河の精。治癒の女神。
タイルトゥ
農業の女神。ルーグの養母。
タラニス
雷光と雷鳴で天を支配する神。人間の生け贄を好む。ローマでは「ユピテル」。
ティルチュ
平野を切り開いた女神。太陽神ルーの養母。
デウァ
デー河の女神。
テウタテス
あらゆる技術の発明家。旅人の神であり、商売と金儲けの神でもある。ローマでは「メルクリウス」あるいは軍神「マルス」。
ドンヌ
地下暗黒世界の神。死と冥府の神。人は「ドンヌの家」で生まれ、死後再びそこに帰ると信じられていた(「霊魂不滅」「転生」の信仰)。
ネフタン
河の神。
ブイ(ハグ=妖婆)
土地の守護神。太陽神ルーの妻。
フューリー
天罰を司る蛇髪の女神。
ブリガンティア
ブレント河の女神。
ブリギド Brigit(ミネルヴァ)
治癒、詞藻、鍛冶のそれぞれを司る3つの顔を持つ三位一体の神。詩と火の女神。アイルランドの第二の守護聖人(第一守護聖人は聖パトリック)とされる聖ブリギッドにも関連があると言われる。ローマでは「女神ブリギッド」。ダグダの娘。
フリディス
森の動物や植物の守護神。
ベレノス(ベルニュス)
太陽神。病を癒す神。ローマでは「アポロン」。
ボォヴ
戦いの神。ダグダの息子。
マトロナエ
マルヌ河の女神。水と豊穣の神。
メイヴ Maev
戦いと性愛の女神。英雄クーフランと戦った勇ましい女王。アイルランドの神話「トェン・ボー・クルーニャ(クーリーの牛争い)」に登場。後に夢を支配する妖精マブと混じり合って、メイヴは妖精の女王とされる。
メルクリウス
太陽や光の神。ローマでは「ルゴス」。
ラケシス
運命の女神。
リール
アイルランドの海の神。ケルト神話「リールの子たちの運命」に登場。
ルーグ(ルグス)
太陽神。無敵の戦士で魔法も使う。海神マンナン・マクリールの息子。「長腕のルーグ」あるいは「ルフクロマン(→英語化されたのがレプラコーン)」と呼ばれる。「ルーナサの祭(ルグナサド=輝く者の意)」やオリンピック競技会の始祖で、「フィドヘル(木の知恵の意)」というゲーム(現在のチェス)を発明したといわれている。
ルフティネ
大工の神。