メソポタミア神話 世界の神話
メソポタミア神話
エジプトとともに西アジアの古代文明の揺りかごとなったメソポタミアは、ティグリス、ユーフラテス両河にはさまれた地域(ほぼ現在のイラク)である。前3000年より前、シュメール人がこの地に最初の文明を開き、高度な文明のあかしとなる独特の楔形文字を考案して粘土板にきざんだ。 やがて、ヘブライ語やアラビア語と同じ系統の言葉を話すセム語族系のアッカド人がやってきて、シュメールの都市を征服してアッカド王朝をきずいた。数百におよぶ神々をもつ多神教のシュメール人の信仰は、楔形文字とともに、アッカド人に継承された。
つづいて前2000年ごろには、メソポタミアの南部にバビロニア、北部にアッシリアがさかえた。とくにバビロニアでは、シュメール語で伝承されてきた小さな物語が編纂(へんさん)され、「エヌマ・エリシュ」や「ギルガメシュ叙事詩」のような、メソポタミアの神話を代表する壮大な作品がつくりあげられていった。
シュメールにつたわる人類起源
シュメール人たちの神話によれば、天と地ができたのちに、ティグリス、ユーフラテスの両河がつくられた。天には、天神アン、大気の神エンリル、太陽神ウトゥ、地と水の神エンキがいて、人間をつくるための会議をした。その結果、2柱のラムガ神の血から人間をつくることになった。そして神殿をたてて運河や畑をつくらせ、国を豊かにするため神々にかわって人間にさまざまな労働をさせるよう、女神アルルが計画した。 こうして人間がつくられると、天からは穀物や学問の女神ニダバが派遣された。当初は、穀物も家畜もなかったが、エンキ神とエンリル神が家畜をつくって囲み小屋にいれ、穀物神アシュナンは、田畑に食物をふやした。こうして人間は土の家をたてて、しだいに豊かになっていった。
イナンナの冥界くだり
シュメールの女神イナンナは天の聖堂にいたが、豪華な宝石や衣装をまとって、姉のエレシュキガルが支配する冥界(めいかい)へとくだっていった。その際彼女は小間使いのニンシュブルに、3日たってももどらなければ神々に助けをもとめるようにいいのこした。7つの門をくぐるごとに、宝石や衣装をはぎとられ、最後には裸にされたイナンナは、エレシュキガルの前で死の宣告をうける。
3日たってもイナンナがもどらないので、ニンシュブルは神々に相談したが、だれもが知らん顔をした。そこで、地と水の神エンキに助けをもとめると、エンキは爪(つめ)から2人の人間をつくり、生命の水と生命の草をあたえ、イナンナの死体をもらいうけるように命じた。 こうしてイナンナは再生したが、地上にもどるには、代理人を冥界におくらねばならなかった。地上では彼女の夫ドゥムジが喪に服していなかったため、イナンナは立腹し、夫を冥界におくることにした。その後ドゥムジの姉のゲシュティンアンナが弟をたすけに冥界にくだる。かくして、1年のうち半年は姉が、半年は弟が冥界にとどまることになった。 バビロニアの天地開闢 「エヌマ・エリシュ」は、バビロニアの代表的な天地開闢(かいびゃく)物語として知られる。現存する最古の資料は前1000年ごろのものだが、前1700年代にアモリ人のハンムラピがバビロンを統治したとき、すでにその地でかたられていたとされ、神話の言語や文体から判断して前2000年初頭ごろに書かれたのは確実といわれる。7枚の粘土板からなり、最初の3枚にメソポタミアのパンテオン(万神殿)についての記述がきざまれている。最初の語句が「上では、天がまだ名づけられず、下では、固い大地がまだ名前でよばれなかったとき」ではじまるため、「エヌマ(とき)・エリシュ(上では)」と名づけられた。
神々の誕生
世界が混沌としているとき、深淵の淡水をあらわす男神アプスーと、海の塩水をあらわす女神ティアマト(→ 竜)と、生命力を代表するムンムだけが存在していた。アプスーとティアマトが水をまぜてまじわると、ラフムとラハムが生まれ、彼らからはアンシャル(天霊)とキシャル(地霊)が生まれ、また、そこからさらに天神アヌが生まれ、アヌは知恵の神エアを生んだ。
アヌやエアなどのわかい神々があまりに騒々しいので、年をとったアプスーやティアマトは彼らをほろぼそうとした。ところが知恵の神エアに気づかれ、アプスーは呪文で殺され、ムンムも投獄された。そのようなときにエアと妻ダムキナにマルドゥクが生まれた。マルドゥクは女神たちの乳をすって、またたく間に力強い神に成長した。
神々の戦争
アプスーを殺されたティアマトは、神々を動員し、戦闘のためにヘビやサソリや竜など、おそろしい怪物をつくりだして、復讐(ふくしゅう)の機会をうかがっていた。その力に、エアやアヌやアンシャルは恐れをなし、マルドゥクに応戦をたのんだ。マルドゥクは、自分が最高神になることを条件に承諾し、大活躍の末、ティアマトを2つにひきさいて、ひとつを天に、もうひとつを大地にした。そして、アヌを天の神、エアを大洋の神にして、神々の機能をさだめた。また、太陽や月や星をつくって天に配置して、1年を12カ月にわけた。
ティアマトの両眼はティグリス、ユーフラテスの水源になり、体からはバビロニアの国土がつくりだされ、マルドゥクがすべての神々の王者として君臨した。海を人格化した竜のような女神ティアマトは、破壊と悪魔を象徴し、彼女が多くの神々をひきいておこなう破壊は、世界の活性化のためになくてはならないものとされる。
「ギルガメシュ叙事詩」
前2000年ごろ成立したとされる「ギルガメシュ叙事詩」は、シュメールの神話群をアッカド語によってまとめた一大叙事詩で、前3000年以前にシュメールの都市ウルクの王となったギルガメシュを主人公に、英雄物語としてしあげたものである。前8世紀ごろにアッシリア語で書かれたニネベ遺跡出土の粘土板の、3600行あったと思われるうちの現存部分約2000行によって知られる。
「ギルガメシュ叙事詩」が古代世界で広く人気があった証拠に、この叙事詩の書かれた粘土板の破片がパレスチナのメギドのようなはるか遠くで出土している。またこの物語は、古代ギリシアの詩人ホメロスによる長編叙事詩「オデュッセイア」の原型になっている。 エンキドゥとの闘いと友情 3分の2が神、3分の1が人間の半神半人の英雄ギルガメシュは、初めはウルクの暴君だった。彼にくるしめられていた人々が天神アヌにうったえると、アヌの命令をうけた女神アルルは粘土を地上になげつけ、ギルガメシュに対抗させる野人エンキドゥをつくりだした。 ギルガメシュは娼婦をエンキドゥのもとにさしむけ、力がなくなるまで遊びつづけさせた。そしてウルクの城門の前でギルガメシュとエンキドゥは死力をつくしてたたかい、ついにはたがいの力をみとめあって友情が生まれた。
フワワ退治とエンキドゥの死 ギルガメシュはエンキドゥとともに、森の怪物フワワを退治にでかけた。フワワは悪竜で、口からは火をふき、叫び声は洪水となり、その息は死をもたらすといわれた。ギルガメシュらにスギの木をたおされていかった森の番人フワワは、はげしい闘いの末、彼らによってうちたおされた。
遠征からもどると、ギルガメシュは女神イシュタルから求婚される。ところがギルガメシュは、これをことわったうえ、女神にこれまでにすてられた者たちの名前をあげつらったため、彼女の怒りを買う。イシュタルはギルガメシュをほろぼすために父のアヌにうったえ、「天のウシ」を地上におくらせるが、ギルガメシュはこれもエンキドゥとともに力をあわせて殺してしまう。スギの木をたおし、おまけに「天の牛」を殺したとあって、神々は相談をしてエンキドゥに死の定めをあたえた。エンキドゥは病にふし、やがて涙をながしてみまもるギルガメシュの前で死んでいった。 永遠の生命をもとめる旅 ギルガメシュは自分の死をおそれて、永遠の生命をもとめて旅にでる。途中、マーシュ山では、サソリ人間の一族がすんでいて、トンネルの入り口をまもっていた。彼らにゆるされて闇(やみ)の世界をとおりすぎると、ギルガメシュは宝石が木の実のようになっている光の世界に到達した。
さらにその先では、酒屋の女主人シドゥリから永遠の生命などもとめるのはむだだと説かれたりしたが、あきらめずに旅をつづけ、ギルガメシュは永遠の生命をえたウトナピシュティムにであう。ウトナピシュティムは、神々が大洪水によってシュルパックの町をほろぼそうとしたとき、エア神の教えによって箱舟をつくって一族や動物たちとともにのりこんでたすかり、神々から永遠の生命があたえられたのだった。 ギルガメシュはウトナピシュティムから、永遠の生命ではないが海中にある若返りの草のありかをおしえられた。ギルガメシュは海からこれをえて、帰路についたが、途中、泉で水浴している間にヘビに草を食べられてしまう。ギルガメシュは悲嘆にくれてウルクにもどった。
洪水伝説 「ギルガメシュ叙事詩」に登場するウトナピシュティムは、「旧約聖書」の「創世記」のノアにあたる。メソポタミアでは、ティグリス、ユーフラテス両河流が気まぐれにおこした洪水の体験が、さまざまな神話や叙事詩に反映されている。
「アトラ・ハシース物語」
「アトラ・ハシース物語」は、この洪水伝説をテーマにした作品である。主人公の名アトラ・ハシースとは、最高の賢者を意味している。
人間が生まれる前には、神々は重い労役に服していた。神々はそのために反乱をおこし、7つの大神のいる神殿をおそった。そこで神々の労役の代わりに人間をつくることが考えられ、知恵の神エンキ(エア)の助言から、ゲシュトゥ・エが殺され、その肉と血を女神ニントゥが粘土にまぜあわせて人間が誕生した。
こうして神々の労苦をせおうようになった人間だったが、急速にふえすぎて、世界は騒々しくなった。騒音にたえかねた神々は、今度は洪水をおこして人間をほろぼそうとした。エンキは、人間のひとりアトラ・ハシースに舟をつくるように命じた。アトラ・ハシースが家族や動物をのせると、暴風雨となり、大洪水になった。舟はたすかったが、ほかの人間たちは土と化した。エンキはほかの神々から非難されたが、人間をたすけることを義務だと主張した。こうして、人間はまたふえはじめた。