ピクシーとは -民話・神話や伝説の英雄と妖精-
多くの土地で出会える妖精だが、場所によって呼び方が微妙に違う。コンウォールなどでは、「小さい人々(small people,little people)」とも呼ばれ、先史時代に棲んでいた人々の精霊だと信じられており、キリスト教徒でなかったために、天国へも行けず地獄へも堕ちずに中間のあたりをさまよっているのだと言い伝えられている。また、そうした妖精たちは、変身するたびに小さくなって、最後に「ムリアン」と呼ばれる蟻の姿になるのだとも言われている。
デヴォンシャー(イギリス)の百姓たちは、ピクシーを洗礼を受けないうちに死んでしまった子供の魂だと信じている。そして彼らはダンスが大好きでカエルの音楽に合わせて躍るのだが、朝になるとその場所には周りより草の色が濃くなった「妖精の輪」が残されるのだという。
イングランド南西部の各地に出没するピクシーは場所によって姿が異なってる。例えば、サマーセットのピクシーは赤毛で鼻が反り返り、眼はやぶにらみで口は大きく、緑の服を着ているが、デヴォンのピクシーは小さく色白でほっそりとしていて洋服は身に着けない。そしてコーンウォールのピクシーは小男の老人で緑のぼろを着ているという。ちなみにデヴォンとコーンウォールのピクシーは新しい衣服を贈られると大変喜んで仲間の妖精に見せびらかせるために人間界から姿を消してしまうといわれている(別の説に、報酬をもらったのでもう働かなくていいのだと思い、姿を消すのだとも言われている)。
そうした地方によって異なる姿とは違って、彼らの性質はいずれも似通っている。鉱山に住みついたピクシーは、鉱夫を豊かな鉱脈のある所まで案内することがあるが、反対に一番悪い鉱石のところへ連れていって、がっかりする様子を楽しむことも あるし、子供を盗んだり、旅人を迷子にさせるなど彼らは実に悪戯好きなのである。
コンウォール地方では、旅人が道に迷って同じ場所をぐるぐると歩き回ることを「pixy-led=ピクシー・レッド(妖精に引き回されるの意)」という。ピクシー・レッドから逃れるには外套を裏返しに着るとよいと言われている。
イングランド民話「ピクシーの仕返し」トマス・カイトリー編
タヴィストックのある屋敷の2人の女中の話によると、ピクシーたちは彼女たちにとても親切で、毎晩彼らのために綺麗な水を入れたバケツを炉の側に置いておくと、いつもバケツの中にお礼の銀貨を一枚入れてくれるのだということだった。
ところがある日のこと2人がうっかり水の用意を忘れると、ピクシーはさっそく少女たちの部屋まで上がってきて、声高に2人の怠惰をなじった。少女のうち1人はすぐに下りていってバケツに水を汲んだが、もう1人は面倒がって動かなかった。そこでピクシーたちはもう1人の少女に与える罰の相談をした。
それから7年間その少女の片足は動かなくなってしまったが、罰の期間が終了すると彼女の足はすっかり治り、まもなく町一番の踊り上手になった。
イングランド民話「ピクシーの感謝」トマス・カイトリー編
タヴィストックの近くに住むある老婦人は、庭の中に素晴らしいチューリップの花壇を作っていた。老婦人はチューリップをこよなく愛し誰にも摘み取らせないようにしていたので、近くに住むピクシーたちの夜の集会所になっていた。
ところが、とうとうこの老婦人がなくなると、チューリップは引き抜かれ花壇はパセリ畑に変えられてしまった。怒ったピクシーたちは魔力でパセリを全て枯れさせ、庭に何を植えても育たないようにしてしまった。一方、ピクシーたちは老婦人のお墓を大切にし、毎年春になると色とりどりの花で飾った。
コンウォール民話「親切なピクシー」井村君江編訳
「むかし、貧乏な若い娘が、麦打ちを仕事にしている男と結婚したが、やがてこの男が救いようのない飲んだくれだとわかった。くる日もくる日も、男はひどく酔っ払って、仕事などできるものではなかった。とうとう女房は、男の服を着て、亭主の代わりに麦打ちに行った。
ある朝、女房が納屋に入っていくと、前の晩、自分が打ち終えた倍の麦ができあがっていた。そういうことが何日か続いた。ありがたいことだが、いったい誰が手伝ってくれているのか、その正体を見たいと思い、女房は夜見張っていようと決心し、夜になると、部屋の隅に身をひそめていた。あたりが暗くなってほどなくすると、小さな裸のピクシーが、そっと納屋に入って来て、小さな竿を振るって麦を打ち始めた。ピクシーは働きに働いた。そして、働きながらこう歌っていた。「小さなピクシー、きゃしゃできれい、身につけようにも、ぼろもない」。
女房がピクシーに服を作ってやろうと決心したのも、しごく当然だった。ピクシーのために小さな上下の服を作り、次の夜、それを納屋に吊しておいた。その洋服を見ると、ピクシーは飛び上がって喜び、さっそく身につけた。それからこう歌いながら踊りまわった。「ピクシーりっぱで、ピクシーごきげん、ピクシー今もう、消えなきゃならん」。
そうやってピクシーは、躍りながら納屋を出て行き、もう二度とそこで麦打ちはしなかったということである。仲間に見せにいったのか、ほうびをもらって労働から自由になったのか、それは誰にもわからないことだった。」