孫武とは
春秋 孫武
★歴史的観点から★
春秋時代末期の兵法家。斉の人。史記によると、呉王闔閭に面会し兵法の実演を 命じられた。孫武は、闔閭の寵愛する宮中の美女2人を隊長に任命し、宮女たちを 兵として演習を始めた。号令をかけても、宮女達は笑うばかりで全くいうことを 聞かなかった。孫武は、「命令を徹底させたはず なのに、兵がきちんと動かないのは隊長の責任である」とし、隊長に任命した 美女2人を目の前で斬り殺したという。その後、笑うものはなく、命令通りに宮女達は 動くようになったという。呉王闔閭は愛する美女2人を殺されたことで不機嫌になったが、 結局、孫武を召し抱えた。
孫武は楚との戦いに勝利をおさめ、楚のみならず、斉、晋にも、その武名が鳴り響いたが、 次の呉王に夫差がなると知ると、辞意を申し出た。 孫武は「孫子」の著者と言われている。
★私見★
「孫子」は十三篇からなり、最も古い兵法書とされている。しかし、孫武の実在が疑われて いた時期もあったらしい。今もどうなっているかは良く知らない。しかし、1972年に 竹簡が発見され、今日の「孫子」とほぼ同内容であることが判明している。現在は孫武こそ、 孫子の著者であることが確認されている。
孫子がここまで確実に伝わったのは、三国の時代の曹操がいたからであると言われている。 彼が注釈を施した兵法書は、孫子のパクリであると言われているが、私はそれでもやっぱり 曹操は凄い男だと思う。三国志演義のせいで、すっかり悪役になってしまっているが、私は 曹操は偉大な男の一人にあげるだろう。(好きではないけど)彼がもし、この兵法書を後世に 残そうと考えなければ、残っていなかったかも知れないのだ。(まあ、竹簡が見つかれば、 確かに後世には残っているが、ここまで読まれていたかどうかわからない…)
孫子の兵法は、現在のサラリーマンが読んでも充分に役に立つといわれるほどの作品である。 もちろん、私も読んでいる。
…私もパクっていることが多いから、曹操を称えているわけではない。