取り替え子 -民話・神話や伝説の英雄と妖精-
赤ん坊が妖精に盗まれる話は、古くは中世ヘンリー2世の治世(1154~89)からエリザベス1世時代(1558~1603)やジェイムズ1世時代(1603~25)、さらに今世紀初頭においても語られている。
一般的に洗礼前の子供を揺りかごの中から盗み出して、代わりに木偶や妖精の赤ん坊、年をとってくたびれた妖精などを置いていくが、時には母親と赤ん坊の両方が盗まれてしまうこともある。
このような話が本当に信じられていた時代には、突然病気にかかった子供が「取り換え子」だと疑われて虐待されたりするなど大変な被害があった。
民話「アイルランドの古伝説とまじないと迷信」ワイルド夫人
ある妖精たちが、生まれたばかりの赤ん坊を盗もうと、とても大胆な襲撃をかけた。両親が眠っていると戸が勢いよく開き、侵入者が力尽くで赤ん坊をさら残してって毛むくじゃらの取り換え子を残していった。夫婦が悲嘆にくれていると、若い女性が現れて「これは仲間に盗まれた私の子。もしこの子を返してくれるなら、あなた達の子供を取り戻す方法を教えるわ。」と言った。夫婦がすぐに取り換え子を渡すと、女は「麦の束を3つ持って妖精の丘に行きそれを1つずつ燃やして、赤ん坊を無事に返さないと丘の生き物を全部燃やすと脅かせばよい」と教えてくれた。
夫婦が教えられたとおりにすると、子供はすぐに2人のもとに返された。妖精たちにとって丘のイバラを焼かれてしまうのは何にも増して我慢できないことなのであった。
スコットランド民話「とりかえ子」トマス・カイトリー編
ストラスペイに密造ウイスキーを売って暮らしをたてている2人の若者がいた。ある晩2人がグレンヴァットで品物を仕入れていると、突然赤ん坊の金切り声が聞こえた。若者達はとくに気にもかけないで品物を持って出発したが、そう遠くまで行かないうちに道ばたにたった1人で寝転がっている赤ん坊を見つけた。彼らはさっきの赤ん坊だと察したが、仕事を急ぐため引き返すわけにはいかず、そのまま赤ん坊を連れていき大切に世話をした。
さて、その再びグレンヴァットを訪れてみると、母親は子供が病気になったと嘆いていた。そこで、さっそく若者達は元気な赤ん坊を取り出して揺りかごに戻し全てを話した。そして彼らが取り換え子を古い魚篭に入れて火をつけると取り換え子はあわてて逃げ出した。
実は、赤ん坊を盗まれた時、母親がすぐに神への祈りを叫んだため、妖精たちはそれ以上赤ん坊を連れていくことが出来ず、途中の道に落としていったのだった。
スカンジナビア民話「トロルのとりかえ子」J・M・ティーレ編
ティース湖のほとりに住むある夫婦が取り換え子にひどく悩まされていた。彼らの子供がまだ洗礼を受けないうちに盗み取られ、代わりにトロルの子を与えられていたのであった。この取り換え子は、あたりに人がいないと元気になり大声でわめき叫び、誰かがいる時にはひたすら居眠りをしていた。さらに困ったのはいくら食べさせても決して満足せず、夫婦は到底養いきれないと心配していた。
ある時、この家に利口な少女がやってきて夫婦のために取り換え子を追出す策を考えた。少女は豚を殺して皮も毛も全部入れた黒いプティングを作って取り換え子の前に置いた。取り換え子はそれをガツガツ食べ始めたが、皮や毛が入っているのを知ると悪魔の仕業に違いないと思い、一目散に走り出して二度と戻ってこなかった。
スカンジナビア民話「とりかえ子」トマス・カイトリー編
ある母親が、食べ物を何も口にしようとせず、そのため育ちがひどく悪い子を見て、取り換え子ではないかと疑った。そこで、ある日炉にがんがん火をくべてオーブンを熱く焼いた。召使いの少女が予め教えられていた通りに「何故そんなことをするのですか」と質問すると、母親は「私の子をオーブンに入れて焼き殺すためだよ。」と答えた。この問いと答えを3回繰り返した後、母親は子供をパン焼き用の木のへらの上にのせてオーブンの中へ突き入れようとした。その途端、おびえきったトロルの女が人間の子をその場に捨てて、取り換え子をひったくりこう言った。「あんたの子はここにいるよ。受け取りな。しかし私はあんたの子には、あんたがしたほど酷い仕打ちはしなかったよ。」本当に帰ってきた子供は血色もよくとても元気だった。
アイルランド民話「イニシュキーンが火事だ!」エレン・カトラー談/ヘンリー・グラッシー編/大澤正佳・薫共訳
ゆりかごのなかの男の子は頭をもたげて言いました。「パイプに火をつけておくれ」それを聞いた男は表へ飛び出し、大声で呪いの言葉を叫びました。「イニシュキーンが火事だぞう!イニシュキーンが火事だぞう!」男の子は体を起こすと、ゆりかごから飛び出していき、それっきり姿が見えなくなったのです。びっくりしたのですよ、イニシュキーンが火事だと聞いてね。だってあなた、あそこはあの連中の住処なのですからねえ。わたしはうちの主人からよくこの話を聞かされたものです。
コンウォール民話「セリナが原の妖精の棲家」井村君江編訳
セリナが原の近くに住んでいたウィリアム・ノイという紳士が、ある夕暮れのこと、収穫祭の飲み物を注文するために近所の居酒屋へとでかけたまま行方不明になった。三日ほどして馬のいななきが聞こえたので、人々は声のする方に行ってみた。すると一軒の納屋があって、その中に茫然とした様子のノイ氏が居た。
ノイ氏からやっと話を聞き出すと、彼は居酒屋の帰りに近道のセリナが原を通り抜けようとしたが、道に迷ってしまったのだった。そのうちに音楽が聞こえ明かりのもれる家があり、中で小柄な人たちが大勢集まって騒いでいるのが見えた。ノイ氏が仲間に加わろうと近づくと白い服を着た少女が出てきて、そっとノイ氏に忠告した。「妖精たちに気づかれたり、彼らのものを口にしたら、私と同じ運命になってしまうわ。」よく見るとその少女は3、4年前に亡くなったノイ氏の恋人であった。以前セリナが原で見つかった死体は彼女の取り替え子(チェンジリング)で、今は妖精の世話をさせられているのだった。
ノイ氏は少女を助けられるかもと思い、(妖精の嫌う)裏返しの手袋を家の戸口に放り込んだ。すると、彼女も妖精も忽然と姿を消してしまい、ノイ氏は頭に痛みを覚えて気を失った。
その後のノイ氏は、人生に対する関心をすっかりなくしてしまったという。