トロルとは -民話・神話や伝説の英雄と妖精-
スカンジナビアの神話伝説を集大成した古詩「エッダ」の中に「ドウエルガル(=トロル)は、神々の意志によって人間の知識を与えられ、人の姿をとるようになったが、大地の中と石の中に住んだ」という記述がある。また一般的にはスカンジナビアの国々において精霊たちを天上のもの(アルファルAlfar=エルフ)と地上のもの(ドウエルガルDuergar=ドワーフ)とに分け、後者の中でもとくに人間に危害を加えるものをトロルと呼んでいたようである。ノルウェーの民話では、トロル=魔物とされ、彼らは子どもをさらって食べたり、王女を誘拐して岩山に閉じこめたりして、人々を悲しませる。反面、どこか間抜けなところもあって、憎みきれない性質とされている。
トロルというのは元来、悪い精、巨大な怪物、魔法使いや悪い人を指す言葉であったが、次第にその意味を失い、今では盗癖という習性は消えないものの民話の中にも親切で人づきあいのよい種族として登場することが多い。
デンマーク民話「ティース湖の由来」トマス・カイトリー編
昔、1人のトロルがクンド村の近くの教会が建つ高い堤の中に住んでいた。しかし、近所に人たちがみんな信心深くなって絶えず教会へ行くようになると、教会の鐘が休む間もなく鳴り続けるので、静けさを好むトロルはひどく悩まされた。そして、とうとうクンドを出てフーネンへと移動した。
最近になってクンドの町に住み着いた人が、仕事でフーネンへ行く途中このトロルに出会った。トロルは彼がクンドの住人だと知ると1通の手紙を渡してこう言った。「クンドの教会に着くまでは絶対にポケットから出さないで。そして、教会に着いたらそれを教会の壁越しに中へ投げ込んで下さい。そうしたら宛先の人がそれを受け取るでしょう。」
さて、頼まれた男はすぐにその手紙のことを忘れてしまい、ジーランドへ戻って牧草地に腰を下ろした時、ふいに思い出した。そこで手紙をポケットから取り出し手にとってながめてみると、突然封筒の閉じた口が開いて凄い勢いで水が溢れだした。あたりはみるみる水で覆われ、男はやっとのことで逃げ出した。
トロルが手紙の中に湖1個分の水を閉じこめていたのだった。クンドの教会を水中に沈め、住み慣れた場所から追われた恨み をはらそうと考えたのだが、その水は牧草地の中に現在のティース湖を出現させることになった。
デンマーク民話「百姓にだまされたトロル」トマス・カイトリー編
ある百姓が持っていた土地にトロルの住む丘があった。「何故私の家の屋根を耕すのか」と尋ねるトロルに百姓は次のような条件を出して許可を求めた。「最初の一年はトロルが地面の上に育ったものをとり、百姓は地中に育ったものをとる。次の一年は百姓が地面の上に育ったものをとり、トロルは地中に育ったものをとる。これを次々に繰り返せば公平に土地を使えるだろう。」トロルは納得し契約が交わされた。
しかし、ずる賢い百姓は、一年目にはニンジンを植え、二年目にはコムギを蒔いた。そして、契約通り分け前としてニンジンの葉とコムギの根を貰ったトロルはそれにすっかり満足し、彼らはこうして長い年月をとても仲良く暮らした。
スカンジナビア民話「オーゲルプの教会に奉納された杯」J・M・ティーレ編
昔ジーランドのマルプ村とオーゲルプ村の間に大きな城があった。その廃墟は今も浜近くに見ることが出来るが、伝承によれば、そこにはたいへんな財宝が隠されていて一匹のドラゴンが見張っているという。また、ここでは地下の住人の姿も見られると言われている。
あるクリスマスの晩、オーゲルプ村の百姓に雇われている召使いが主人に、トロルの集会を見に行かせて欲しいと頼んだ。主人は快く暇をやり、彼に上等な馬も与えた。そうして召使いは浜に出掛けトロルの集会を眺めていると、1人のトロルが彼のところにやってきて一緒に躍ろうと誘った。召使いは馬から下りてトロルたちの群に加わって一晩中陽気に躍り騒いだ。
空が白んできたので召使いはトロルたちにお礼を述べ、村へ帰るために馬に跨った。すると金の杯をもった乙女が出てきて別れの杯をすすめたが、召使いは少しあやしく思い、飲むふりをして中身を肩越しに投げ捨てた。すると液は馬の背中に落ち、みるみる毛が焼けこげたので、召使いは急いでその場を逃げ出した。
トロルはすぐさま追いかけてきた。町に近づき追手が迫ってきたのを感じると、召使いは教会に杯を投げ込んでから百姓の家の門に飛び込み、扉をぴしゃりと閉めた。彼は間一髪のところで助かり、トロルの杯はそのまま教会に奉納された。
童話「ムーミン谷の冬」トーベ・ヤンソン作
「ところが、床の上になにか小さいものがいて、こっちをにらんでいるではありませんか。それは、長い毛に覆われた、大きな鼻をした、灰色のものでした。それが、さっと動いたかと思うと、風が吹き抜けるように足もとをすり抜けて、逃げて行きました。そこへ、おしゃまさんが、スープ鍋を持ってやってきて、言いました。”あれは、トロールなの。あんたも、ムーミントロールになるまえは、ああいうトロールだったのだわ。千年前には、あんたも、あんなだったのよ。”ムーミントロールは、どう返事をしたらいいのか、いうべき言葉が見つかりませんでした。」
創作「ペール・ギュント」ヘンリク・イプセン作
伝説を題材にした物語で、「人形の家」で知られるノルウェーの作家イプセンの作品。主人公ペールはトロルの娘と結婚させられそうになるのだが、彼は上手くトロル達を出し抜いて、トロルの宮殿を脱出する。
小説「ホビット~ゆきてかえりし物語」J.R.R.トールキン作/山本史郎訳
「読者の皆さんはご存知かもしれませんが、巨鬼(トロル)は夜明けまえに地下にもぐらなければならないのです。そうしないと、山の石から生まれたかれらは、ふたたび山の石に戻ってしまい、二度と動くことができなくなるのです。」