世界史日本史に関する雑学 きっと誰かに話したくなる
明智光秀は死んでいなかった?
歴史とは面白い物で、解らない部分はなんとでも言える物である、今回はその中でも面白い説として、明智光秀は山崎の戦いに敗れた後も生きていたという説を述べたいと思う。
明智光秀は山崎の戦いに敗れた後僧になり徳川家康に仕えたという説である。そして、政治手腕が買われ3大将軍徳川家光の相談役になったと言うことである。つまり、明智光秀は「南光坊天海」になったと言うことである。
さらに、明智光秀の墓には明智光秀の没年は山崎の戦いより数十年後と記されているという説である。
ノーベルは死の商人だった
ノーベル賞などで有名なノーベルは実は死の商人であったという説がある。
それは、ノーベルがダイナマイトを開発してからの話で、ダイナマイトが兵器として戦争に使われていたためである、そして莫大な資金を手に入れたノーベルはその資金を研究費に当て、さらなる良質のダイナマイトを開発していった、そして、ダイナマイトがノーベルの周りに不幸がたて続きに起こし、そのことを悔やんだノーベルは一切の研究をやめ稼いだお金を後世に使って貰おうとノーベル賞を作ったとされる。
ペストと魔女狩り
中世ヨーロッパではペストという病気が大流行した時期がありました。
この病気の流行の原因は魔女狩りにあったともされています。
その当時病気や厄災を振りまく魔女だと多くの女性が処刑されました。そして、魔女と言えば猫と言うことで猫も一緒に多く処刑されました。
ペストはネズミを媒体とする病気です。猫が減ったために媒体のネズミが増えそしてペストが流行していったとの考えもあります。
陰と陽
この二つの言葉ですが太陽と影以外の意味も持ってるんです。
陰は北、陽は南を表してるんです。
ですから、山陰・山陽なんてのは、山の北・山の南って意味なんです。
中国地方の山陰山陽は中国山脈の北・南って事です。
大阪
大阪は元々小坂と言われていたそうです。それが小さいよりは大きい方がよいと言うことで
大坂となりました、しかし今度は坂では「土に返る」と言う事で縁起が悪いとなりました
そこで坂の字を阪と変え、現在の大阪の字になったそうです。
変更された漢字
国と言う漢字はこの形になるまでに2つの字があります。
一つは一番始めの形「國」、次の形が現在の前の形「圀」、
國→圀→国と変わったわけです。
なぜ、國→圀となったかというと、「國」の字は中の字が国を惑わす。と読めるので、八方丸く収まるという事で、
口の中に八方と言う字を入れて「圀」しようとなったそうです。
そして、圀→国ですが、これはただ単に漢字を簡単にしようと言うことだからだそうです
敬老
敬老精神とは儒教の考えであるため、西洋よりも東洋の方が強いです。
敬老精神とは字のまま年老いた人を敬うことです。東南アジアのある国では、老人が1人死ねば図書館が1つ無くなった物と思えと言う考えが有るそうです。
もしもし
電話の時のこの「もしもし」という言葉だが、これは「申し上げる、申し上げる」の略だと言われています(申す、申すの説もあり)。
これの話を聞くと日本人は言葉を省略するのが本当に好きなんだなと思います。
今回はそれだけです。
カツカレー
現在では当たり前のようにカレーの中に豚カツを入れてカツカレーとしてますが、これにもちゃんと生みの親がいるんです
その生みの親とは、何と野球球団のジャイアンツの選手です。
古い時代の話となりますが、生みの親となるのは長島の前に背番号「3」を付けていた選手です(名前はちょっとど忘れしてしまいました)
始めは豚カツとカレーを別々に頼んでいたのがあるとき時間がないため一緒に注文しカレーの中に豚カツを入れてみたところこれが美味しかったためそれがメニューとなりカツカレーの誕生となりました。
語源
神話時代の物語や登場する神の名が何かの語源となっていることが多々あります今回は一部を載せてみようと思います。
サイレン→セイレーン
タイタニック→タイタン(大地の神様)
乾杯
お酒の席などで「乾杯」の音頭をとった後にグラスをぶつけ合う動作がありますが
これにはルーツがあります。それは古代ヨーロッパの話になりますが
これも下のと同じように毒殺が関係しています。
もちろん飲みのもで毒殺するとなれば毒を入れるしかないのですが、
それを警戒した人が始めたことと言われています。
自分のグラスに入った飲み物を相手のグラスに入れそして減った分だけ
相手のグラスから元に戻すのです。
元々はそれぞれ自分と相手のグラスの飲み物を混ぜるための行為だったのです。
しかし、いつしかその様な毒を盛ることが廃れ。
グラスを当てるという習慣のみが残ったというわけです
毒と手袋
昔のヨーロッパでは、毒殺の手段として手袋が使われたことがありました
方法は毒を手袋にしみこませ、それを殺したい相手に送るだけです。
その当時は手袋は革手袋だったので脱ぐときは指の先を咬んで
脱ぎます。これで口に毒が入り一度では死にませんが蓄積される内に死に至ると言うことです。
3月は1月だった
これは東洋の暦ではなく西洋の暦の話です
西洋では一度2つ月が増えています。
元々はmarch(マルスの月)が1月だったのです。
しかしjanuary(ヤヌスの月)が1月と変更された。その余韻としてoctober(10月)のoctoは「8」を意味する言葉だが+2となり10月となった。
師走
12月の事を師走と言います。これには語源があります。
それは、「師」が走るほど忙しい月と言う意味ですが、ここに出てくる「師」は
先生や師匠の意味ではなく、お坊さんの意味なんですよ。
焼き餃子
皆さんは餃子と聞けばたいていの人が焼き餃子を思いつくと思います。
今回はその焼き餃子のルーツのお話です。
昔は、餃子は水餃子と蒸し餃子の2種類でした。しかしある時貧乏な役人が餃子を食べたいが
宮廷で食べられているような、水餃子は高くて食べられない、かといって庶民の食べる蒸し餃子を
食べるにはプライドが許さない。
そんなときに、宮廷の人たちが食べずに残した水餃子を焼いて食べたのが焼き餃子もルーツだそうです。
つまり、焼き餃子は昔は亜流であったと言うことです。
バレンタインデー
現代の日本ではバレンタインデーはチョコを渡すイベントになっているが。
この日は聖バレンタインを奉る日で、キリスト教では唯一女性からの求愛を許された日であった。
黄金の国ジパング
マルコポーロは中国で日本は黄金の国だと聞いた。
なぜ中国人は日本を黄金の国と言ったのか。
ここに書くのはある一説であるが。
古代では、お金は貝を使っていた時がある。
日本は島国であるため当然貝はどこでも捕れる。
そして、貝の中身を食べ殻を捨てるのを見た中国人は「お金を捨てている、なんと贅沢な国だ」と思ったらしい。
そこから、黄金の国ジパングの説が登場したらしい。
余談ではあるが、この貝をお金とすることから、お金に関する漢字は「かいへん」がついている(財など)
包丁
包丁は料理人の魂
この包丁の語源となったのは1人の料理人
古代中国では料理人のことを「包」といっていた
その頃に、現在の包丁の原型になる物をはじめて使ったのが丁さんであった。
つまり包丁とは「料理人の丁さん」と言うのが語源である
神秘の果物
「桃」と「林檎」とは神秘な果物です(某清涼飲料のCMじゃないです)
林檎はアダムとイブが「禁断の果実(知恵の実)」とされていた林檎を食べたため地上に落とされ、桃は西遊記に出てくる悟空が天上の桃を食べてしまったため岩山に封印されることとなる。
さらに、桃は日本神話にも出ており、そこでは神格となっている。
ここからは私の勝手な想像ですが、桃太郎の「桃」も、この神話から来ているのではと私は思う。
尚、その神話について聞きたいという人は、掲示板にて書き込んでください。
日本3大太郎
日本3大太郎とは、桃太郎・浦島太郎・金太郎の事。
桃太郎:実在の確認はされていないが実在の可能性は高い、吉備津命とも、古代王族の人間だとも
金太郎:この3人の中で唯一実在が確認されている人、坂田金時・平安時代の武人となっている
浦島太郎:実在も確認がされてない上実在の可能性を持たせる物もない人物
鬼の姿
オーソドックスな鬼の姿と言えば、角があり虎の腰巻きというスタイルですが、これは干支が関係した、想像のスタイルなんですね。
陰陽で、凶の方向とされるのが鬼門つまり北東の事です。
方角を干支で区切ると、北東は丑(うし)寅(とら)の間にあります。
そこから、牛の角を持ち虎の腰巻きが想像されたとのことです。
新婚旅行
元々新婚旅行はアラブ系の宗教から来ている物だそうです。ハネムーンは「ムーン(月)」とつくように夜に巡礼することだそうです。
ちなみに日本人で初めて新婚旅行をした人は坂本龍馬だそうです。
白波
歌舞伎の中に「白波5人男」というのがありますが、この白波と言う言葉は、本来盗賊を表す言葉なんです。
言葉の由来は、中国の三国時代に白波谷に住み着いていた盗賊が元になっています。
三国志の解る人なら解ると思いますが、献帝が洛陽に帰還するときに出てくる奴です。
睡眠??
眠れないときは羊を数えると言いますが、これはただの言葉遊びで全く効果がないんです。
ただたんに、「sleep(眠る)」と「sheep(羊)」とをかけているだけなんですね(スペル間違ってたらすいません)
外国人のお名前
アメリカなどでよくある「マイク」「マイケル」の名前は、ロシアの「ミハエル」と一緒です。
つまり、マイク=マイケル=ミハエルと言うわけですね。
なぜ一緒かと言いますと、この名前は全部
天使の「ミカエル」から来ている名前だからです。
ただそれだけです。
食欲? (女性の方読むと気を悪くするかもしれません)
今回は、人間が絶対避けれない食べることの話です。
まずはじめに、「満腹中枢」=満腹感を司る機能
女性の方は、「満腹中枢」の機能が男性にくらべて若干低いらしいのです。(医学的に)
満腹中枢の機能が低いと「満腹感が少なくなる」
(満腹中枢を潰された動物は、胃が壊れるまで延々と物を食べ続けるそうです)
と言うことは、本当は胃の中はいっぱいなのにまだ食べたりないと思ったり、まだ食べれると思ってしまうそうです。
つまり、「甘い物は別腹」や母親が子供の残したご飯を食べてあげるなどの食べ過ぎの元の原因となってしまいます。
女性の方本当にすいません!!!
饅頭
饅頭の大元を作ったのは三国志の諸葛亮だった。
この話は、諸葛亮の南蛮平定の時の話となる。
諸葛亮は南蛮王を許し、南蛮を平定した。その時、渡らなければいけない川が氾濫していた。
このことについて、南蛮王は「古来より河の水神に人の首を供物として捧げなければ川は治まりません」と忠言した。
それを聞いた諸葛亮は「これは悪しき習慣だ」と考え
料理人に「牛肉で人の頭の形をしたものを作り小麦粉で皮を張った物を作れ」と命じた。それを河に入れることで川が氾濫する度、人を殺なければいけないのは迷信と教えた。
そして、その偽人首が饅頭(中華まん)の元祖となったと言う。
緑の色
本来日本には緑という意識はなかった、外国から「グリーン」と言う言葉が入ってきてからが緑の意識の始まりである、そのため「真っ赤」「真っ青」「真っ黄色」などと言うが「まみどり」とは言わない
山などでも青々しいとか言うのもこのため
嘘の元になった言葉
昔の中国にある鳥屋さんがいましたその鳥屋さんは店を繁盛させるために「うちの店には白いカラスがいるぞ」と言いました。しかし、白いカラスなどいるわけもなく客は怒り「カラス(烏)が白い(素)わけないだろう」といったそのことから、烏素(うそ)→嘘となった。
もしかして、私とあなたのご先祖様は一緒???
お酒の免疫に対する強弱が初めてつきだしたのはおよそ10000年と言われている
10000年前に中国に住んでいたある男が、特殊変異でお酒が飲めない体質だった
そして、その遺伝子が東洋のあちこちに移動し、そして現在私たちにお酒に強い弱いがあるそうです。
ちなみに私もお酒は弱いです。
徳川家康の死因は胃癌(いがん)だった!!!
これは、結構有名なお話。
徳川家康は、胃癌でありそのときに鯛の天ぷらを食べたために死んだとされている
なぜ天ぷらかと言うと、胃癌のときに油脂分を摂取すると激しい腹痛と下痢を引き起こし
場合によっては死に至るそうです(これは本当の話、気をつけて)
秀吉はなぜ征夷大将軍になれなかったのか?
秀吉は農民の子であったためなれなかったと言われているのが、一般的であるが、元々武家の家系の人間でも、将軍になれないこともある。
「源平藤橘」と言って、源氏・平氏・藤原氏・橘(たちばな)氏・この4氏のいずれかの血を引いていなければならないのである
ちなみに、織田信長は平氏、徳川家康は源氏の子孫だと称していたが本当かどうかは分からない信長は斯波(しば)氏直属の神官の家系とも言われている。
江戸時代の武士は胡瓜(きゅうり)が食べられなかった
胡瓜を切ると、葵の御紋の形に見えるので当時の武士は徳川家への忠誠を誓うため、食べることができなかったらしい
赤壁の戦いは無かった
三国志の中の大きな戦いでも、1位・2位の人気を争う赤壁の戦いだが、実際は赤壁近くで魏軍と荊州・呉連合軍が対峙しただけで小競り合いはともかく、戦いらしい戦いはなかった
対峙中に魏軍の中で疫病が発生し曹操は自軍の船を焼き払いそれを防護壁として退却しただけである
三国志演義のように、あれだけものすごい劫火の中、魏軍の武将が誰一人として死んでないのはおかしいじゃないか・・・。(さいちゅう・さいかの死亡と黄蓋の苦肉の策は別)
真田(さなだ)家の旗
真田家の旗は六文銭が描かれた旗である。六文銭の意味は三途の川の船渡し銭の意味である
つまり、死んでも大丈夫なようにと決死の覚悟が旗にも描かれている。
張飛は別にお酒に強くなかった!?
昔のお酒は、アルコール度数が低くすぐに腐っていたそうです。と言うことは、
この説が正しいとすれば、張飛は酒が強いのではなくいくらでも腹に酒が入る
大食漢なだけであったのでわ!!! (張飛ファンの人すいません)