ベリサリウスの一生・生涯・人生
ベリサリウスの一生・生涯・人生
農民出身であったベリサリウスは、24歳で東ローマ帝国の将軍に抜擢されました。東方戦域司令官となった彼は、530年の「ダラス要塞の戦い」でペルシャ軍を破り、翌年には降伏したペルシャに「永遠の平和」を誓わせます。532年のコンスタンチノープルの大反乱(ニカの乱)では、約3千名の兵力で約3万名の暴徒を競馬場に押し返し、場内に閉じ込めて虐殺しました。 533年にはヴァンダル王国征討のためのアフリカ遠征作戦を指揮し、見事にヴァンダル王国を滅亡させます。しかしこの頃から皇帝ユスティニアヌスの嫉妬をかうようになり、535年にはイタリア(東ゴート)征服を命じられ、成功しそうなところで解任されてしまいました。 542年、不穏な動きを見せたペルシャ軍を撃破して帰国すると再びイタリア作戦に就きますが、作戦完了間近かでまたも解任されてしまいます。この後のベリサリウスは、退役してコンスタンチノープルで目立たないようひっそりと暮らしますが、スペイン南部に反乱が発生すると皇帝に呼び戻され、反乱が鎮圧されるとまたまた解任されました。559年にブルガール・スラブ連合軍がコンスタンチノープルに迫ってくると、皇帝は躊躇することなくベリサリウスにコンスタンチノープルの防衛を任せます。ブルガール・スラブ連合軍を見事に撃退したベリサリウスに皇帝は何らの感謝もせず、彼は再び静かな隠居生活に戻りました。562年、皇帝ユスティニアヌスはそんな彼に無実の罪を着せて侮辱し、投獄してしまいます。 翌年にはさすがの皇帝も反省してベリサリウスを釈放し、名誉と財産を回復してやりました。以後のベリサリウスが世に出ることはなく、皇帝の死の直前に60歳でひっそりと病死します。